最高のプレゼント

 

おはようございます。

 

今回は、僕が介護の仕事を辞め、スーパーの精肉部門に転職した頃のお話です。

 

お肉の仕事は、これまでの経験とはまったく異なる分野なので、

 

慣れるまでとても苦労したことを覚えています。

 

お肉の専門知識や技術は精肉部のリーダーから、スーパー業界に関する

 

知識や商品の販売技術などは副店長から学びました。

 

副店長はとても丁寧に教えてくれ、知識をどんどん吸収できました。

 

僕は新しい仕事に魅了され、業界の奥深さを感じました。

 

僕は仕事についての考え方やアプローチについて常に質問しましたが、

 

副店長も忙しく、なかなか十分な時間が取れませんでした。

 

そこで、副店長は「仕事が終わったら飲みながら話そう」と僕をよく

 

居酒屋さんに誘ってくれました。

 

お酒を交えた話は、普段仕事中には聞けないような社内上層部の人間関係や、

 

仕入れ先との程よい距離感の保ち方など、貴重な情報も教えてくれました。

 

彼の教育のお陰で成長したことは確かで、彼には深く感謝しています。

 

仕事に対する意欲と能力の高さから、彼は将来出世するだろうと思いました。

 

その後、僕の予想通り、彼の仕事ぶりが評価され、彼は別のお店の店長として

 

異動することになりました。

 

僕は、彼を祝福する言葉と一緒に、近くのコーヒー専門店で一番高い

 

コーヒーを買ってプレゼントしました。

 

彼は笑顔でそれを受け取って「お前も頑張れよ」と嬉しそうでした。

 

それから、彼は新たな環境で店長としてバリバリ働いていたようです。

 

ところが、数年後、彼は店長から副店長に降格されました。

 

その理由は、部長との対立が頻繁だったためでした。

 

でも、彼は自分の信念を曲げることなく、後悔していなかったようです。

 

彼は再度僕のいるお店に戻って来ることになりました。

 

その頃、僕のお店では店長が若返り、彼は年下の店長の指示のもとで

 

働くこととなりました。

 

悔しかったんでしょう、彼は年下の店長には絶対負けられないと思って

 

働き続けたようです。

 

真面目だった彼は、店長からのいじめと思われるような厳しい指示

 

にも耐え、根性で早朝から深夜まで、休みの日も働き続けました。

 

以前、彼は休みの日は健康のためにスポーツジムに通い、体を

 

鍛えていたようです。

 

でも、それをする余裕もなくなりました。

 

僕が時々彼に話しかけると「お前とゆっくり話がしたいのだが、仕事に

 

追われてすまない」と言って速足で立ち去って行く始末です。

 

傍から彼を見ていて、かわいそうになるほど余裕がない働きぶりでした。

 

そんな彼ですが、ある時、「少し話をしよう」と僕を誘いました。

 

僕はどうしたんだろうかと思いつつ、彼に誘われて食堂に行きました。

 

多くの従業員が帰った夜の食堂には誰もいませんでした。

 

彼の顔を見ると、疲れ切っており、顔色がひどく悪いと感じました。

 

彼が買ってきたコーヒーをふたりで飲みながら「お前からもらった

 

コーヒーは最高に美味しかったよ」と彼は懐かしそうでした。

 

続けて、「本当はもっと美味しいコーヒーをご馳走したいが、忙しくて

 

その余裕がない。その代りに、お前に私の心をプレゼントしたいんだ」

 

と真剣な表情で僕の顔を見ながら言いました。

 

僕はそれは何ですかと尋ねると、「信念を貫き、自分らしく生きること」

 

と言って僕の手を固く握りました。

 

今までの人生を振り返ったようで、彼の目には涙が浮かんでいました。

 

そのとき、僕は彼の手の温もりを感じました。

 

それから3日後のことです。

 

衝撃的な報告が届きました。

 

店長から朝礼で、副店長は昨日脳出血で亡くなったと伝えられました。

 

僕は突然の出来事に、それを聞いて信じられませんでした。

 

彼はあのとき、自分の命が持たないことを予知していたのかもしれません。

 

彼は身をもって僕に最後の教育をしてくれたのです。

 

僕は彼のように生きることはできませんが、今でもコーヒーを飲むとき、

 

彼の言った「自分らしく生きること」という言葉が最高のプレゼント

 

として脳裏によみがえります。

 

僕は決してあのときの彼の手の温もりを忘れることはないでしょう。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。