母と息子の愛
おはようございます。
僕が介護の仕事をしていた時のことです。
ある日、僕が働く老人ホームに、利用者としてひとりの女性が
息子さんに連れられて入ってきました。
彼女の表情は暗く、落ち込んでいるのがわかりました。
彼女は物静かで謙虚な性格でした。
僕は彼女に「困ったことがあったら、どんなことでも気軽に声を
かけてくださいね」と言いましたが、黙って頷くだけでした。
入居して1週間が経ちましたが、彼女の様子は変わりませんでした。
彼女が新しい環境に慣れないのは、何か心に問題があるのではないか
と思いました。
話を聞いてあげるだけでも気持ちが晴れることがあります。
僕はお世話をしながら、少しずつ彼女とお話をするようにしました。
彼女が話すことは、記憶が曖昧なのか話が断片的であり、話すたびに
違うこともありました。
なので、分かりやすく心で翻訳して、僕のブログ風に書いてみました。
彼女がここに来る前は、息子さんとふたり暮らしでした。
彼女はご主人に先立たれ、一生懸命に息子さんを育て上げたそうです。
彼女は生きることの辛さに何度も涙を流したそうです。
やがて、息子さんは学校を卒業し、不動産会社で正社員として働いて
いたようです。
その頃、彼女はそれまでの無理がたたり、病院通いが日課となっていました。
そして5年ほど前から、彼女は自分の体を自由に動かせなくなったそうです。
彼女はベッドと車いすの生活になりました。
食事の支度も、トイレに行くことも何もかもできなくなったそうです。
そのため、独身だった彼は、彼女の介護のために正社員の仕事を辞めて、
短時間のアルバイトになったそうです。
ここからふたりの会話です。
母:「いつも面倒かけてごめんなさいね。自分のことは自分でしたい、本当に。
あなたは私のために正社員の仕事を捨てたのね。辛いでしょう、
少ないけど私の年金を生活の足しにしてね。」
息子:「心配しないで、今までたくさん貯金をしてきたから大丈夫。」
母:「私はもう、感動もなく、生きる喜びさえ忘れてしまいました。
私は何もできない、役にも立たない、ただ生きているだけ。私は世の中に
必要とされていないのでしょうね。」
息子:「あなたは女手ひとつで僕を育ててくれた大切な人。僕はお母さんの
苦労をよく知っています。感謝しても感謝しても感謝しきれません。」
母:「あなたも自由がほしいでしょう。私を老人ホームに入れて、思う存分
自分の人生を楽しんでほしい。」
息子:「僕はあなたの溢れんばかりの愛情で大切に育てられました。
そんなお母さんを見捨てられません。」
ふたりは深い愛情で結ばれていたようです。
しかし、その後、息子さんは長くて過酷な状況に耐えきれず、
息子:「ごめんなさい、僕は身も心もボロボロです。お母さんの面倒を
みることはもう無理です。このままではふたりは共倒れになります。
こんな頼りにならない息子でごめんなさい。」
母:「いいのよ、今まで私のお世話をしてくれたあなたに感謝しています。」
息子:「近くに老人ホームがあるので入ってもらいます。本当にごめんなさい。」
母:「わかりました、これでいいのよ。」
ここまで彼女の心を翻訳しました。
僕はこの話を聞いて、息子さんの決断は正しかったと思います。
彼の介護は限界を迎えていたようです。
あのまま彼が母親の介護を続けていたらどんな結果になったでしょうか。
その後、彼は新しい仕事を見つけ正社員として働いています。
最初は仕事に慣れなかった彼も、次第に仕事に馴染み、休みの日には
いつも面会に来て、彼女と話をするようになりました。
彼女は息子さんに対する心配はなくなり、すっかりここの生活に
慣れました。
彼女には笑顔が戻りました。
すべてをひとりで抱え込むのではなく、老人ホームをうまく利用することで
幸せになれるんですね。
そのとき、僕は介護の仕事が世の中の役に立つことを改めて感じました。