月への想い

 

おはようございます。

 

僕が老人ホームで働いていた時のことです。

 

朝食と昼食の間の落ち着いた時間に、僕は入居者さんとよくお話を

 

していまし

 

入居者さんは今までの人生を振り返り、懐かしそうにお話をされ、

 

僕がそれを聞いて頷いてあげると、とても喜んでくれました。

 

いくら僕と歳が離れていても、同じ人間です、共感することが

 

たくさんありました。

 

入居者さんの中に、僕とよく気が合う男の人がいて、いつも面白い

 

お話をしてくれました。

 

その人は昔話が大好きで、かぐや姫のお話を僕にしてくれました。

 

竹の中にいた小さな子をお爺さんが見つけて家に連れて帰り、

 

かぐや姫と名付け、お婆さんとふたりで育てました。

 

やがて成長し、何年か過ぎた頃、かぐや姫は月を見る度に泣くようになり、

 

その理由を聞いたお爺さんに、自分は月から来たことを打ち明け

 

次の十五夜には帰らなければならないと告げました。

 

そしてかぐや姫はお爺さんとお婆さんに別れを告げ、月に帰って

 

しまったというお話です。

 

子どもの頃そのお話を聞いた彼は、とても悲しく思ったそうで、

 

忘れることなくずっと覚えていたそうです。

 

話は変わりますが、彼は若い頃、目の中に入れても痛くないほど

 

可愛がっていた娘さんがいて、いつもふたりで公園に行って遊んだそうです。

 

ある夕方、薄暗くなるまで公園で遊んでいたふたりは、夜空の月を見ながら、

 

彼は娘さんにかぐや姫のお話をしてあげました。

 

すると娘さんは、「私も大きくなったらかぐや姫のように月に

 

行きたい」と切望しました。

 

彼は娘さんに、「お願いだからそんなこと言わないで、いつまでも

 

お父さんのそばにいてほしい」となだめました。

 

彼は娘さんと仲良く遊ぶ時が一番幸せだったようです。

 

でも娘さんは大きくなる前に病気で亡くなり、彼はとても悲しくて

 

いつまでも泣き続けたそうです。

 

彼の娘さんは、月に帰っていったかぐや姫と重なるようでした。

 

彼は満月を見ると可愛かった娘さんを思い出し、一度でいいから月で

 

かぐや姫に会って話がしたかったそうです。

 

そんな彼は、「満月の夜に月に映る模様はかぐや姫に見えるでしょう」

 

と僕に同意を求めました。

 

そのとき僕は無慈悲にも、「かぐや姫というよりウサギに見える」

 

と僕の感じているままに言いました。

 

その時の悲哀に満ちた彼の表情を見て、僕はもう少し彼の気持ちを

 

察して、嘘でもかぐや姫に見えると言うべきでした。

 

その後彼はだんだん身体が衰え、元気がなくなりました。

 

彼は僕に、「私の命は長くない、君と仲良くなれてとても嬉しかった。

 

これから誰も知らない死の世界へと旅だつことになる。

 

私は君に、死後の世界がどんなものなのか伝えたい。

 

もし十五夜の月がかぐや姫に見えたら、私は娘と幸せに暮らしていると

 

思ってほしい」と残して亡くなってしまいました。

 

彼の娘さんに対する愛情の深さに僕は感動しました。

 

その後僕は、彼が亡くなって寂しい気持ちで夜空を見上げました。

 

夜空には僕に見てくれと言わんばかりに、きれいな満月が輝いていました。

 

彼の気持ちが僕に伝わったのでしょう、その時涙ながらに見た満月は、

 

嘘ではなく本当に、彼の言っていたかぐや姫に見えました。

 

そして横には、かぐや姫と仲良く手を繋いでいる男の人がいました。

 

きっと彼は今、天国で娘さんと楽しく過ごしていることでしょう。

 

彼の願いは叶ったのだと僕はうれしく思いました。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます