心と心が繋がること

 

おはようございます。

 

僕が老人ホームで働いていた時のことです。

 

利用者さんの生活を見てきた僕は、その人たちが残された人生を

 

どのような想いで過ごしているのか知ることがありました。

 

ある時、今まで食事を残さず食べていたひとりの利用者さんが、

 

体調が悪いのか、だんだん食事を残すようになりました。

 

僕の働いていた職場では、食事の後片付けの時、利用者さんが食べ残した

 

食事の量を記録するようになっていました。

 

何か体調に変化があれば、それを見て気付くことがあるからです。

 

その人は、ここに入居して5年になる、85歳くらいの女性でした。

 

僕は箸が進まない彼女の隣に座って、「最近食欲がないようですが、

 

どこか体の調子が悪いのですか」と心配して尋ねました。

 

すると彼女は、食事中に話しかけられたのが嫌だったのか、そっぽを向きました。

 

僕は気になって、食事が終わってしばらくして彼女が自分の部屋に戻った時、

 

「何か困ったことがあったら聞いてあげるから僕に言って」と話しかけました。

 

彼女は自室に戻って落ち着いたのか僕に悩みを打ち明けました。

 

彼女は、「私はもう何もできなくなったの、このままだんだん死が近づく

 

ことが怖くて早く死んでしまいたいの、でも、怖くて今死ぬ勇気はないの」と

 

複雑な気持ちを僕に伝えました。

 

実は彼女、ここに入居した頃から比べてだんだん身体機能が低下し、

 

今ではほとんど、自分のことが自分でできなくなっていました。

 

その上、彼女といつもおしゃべりをしていた仲のいい利用者さんが

 

最近亡くなってしまい落ち込んでいました。

 

彼女はだんだん衰えていく自分に恐怖を感じていたようです。

 

彼女はここに来る前は、自分のことは自分で何でもでき、

 

死ぬことなんて自分とは無関係で遠い先のことだと思っていたそうです。

 

しかし今になって、逃れられない死の恐さを実感するようになったようです。

 

彼女は、死んでしまえば何の感動もない、闇の世界に行くのかと恐怖を

 

感じていました。

 

僕は彼女の気持ちを察して、「人は誰でもみんな死んでいく運命、

 

僕もあなたと同じで死ぬのは怖い」と彼女の両手をやさしく握りました。

 

彼女の手はとても冷たく感じ、かわいそうに思いました。

 

やがて彼女は、僕の気持ちが伝わったのか表情が和らぎ、目をつぶり

 

手のぬくもりを確かめるように僕の手を彼女の頬に当てました。

 

僕はそんな彼女を見てとても幸せそうに感じました。

 

それから彼女は、数週間後、亡くなってしまいました。

 

彼女は死の恐怖から逃れて今はゆっくり休んでいることでしょう。

 

彼女の人生に何が残ったのかと考えると辛くなります。

 

でも、僕が彼女の手を握った時、生きている、人の温かさを感じてくれたなら

 

とてもうれしく思います。

 

生きることって、心と心が繋がることが一番幸せなのかも知れませんね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます