おはようございます。
僕が老人ホームで働いていた時のことです。
それはまだ暑さが残る秋の頃でした。
老人ホームには、編み物が趣味のお婆さんがいました。
彼女とは気が合い、よく一緒にお話をすることがありました。
彼女はいつも自分のお部屋で糸を紡いでいました。
編み物は彼女にとって生きる喜びであり、心の支えのようでした。
彼女との会話を楽しみにして、よく彼女を訪ねるふたりの女性がいました。
一人は 彼女の娘さんで、もう一人はお孫さんでした。
いつも訪れるこのふたりも、彼女と同様に僕と気が合いました。
彼女たちの会話の中に、僕はいつも手招きされ、そのお話の輪に
加わらせていただきました。
まるで家族の一員として会話に参加しているようでした。
その愛に包まれた雰囲気に、僕は大きな幸せを感じました。
その会話の中で、今彼女が編んでいる編み物が娘さんのための
マフラーだと知り、娘さんは喜びました。
季節は移り変わり、寒さが深まる中、お婆さんはマフラーを編み続けていました。
それを見て、僕は彼女の娘さんに対する深い愛情に心を打たれました。
その頃、彼女は随分と衰えており、体調の良い時を選んで編むマフラーは
完成まで時間がかかりました。
しかし、運命は彼女にとって残酷なものでした 。
突然、病が彼女の娘を襲い、早くも娘をこの世から奪ってしまいました。
お婆さんの心は、悲しみの闇に包まれました。
長い夜が訪れるたびに、娘との思い出が痛く胸を締め付けるようでした。
できることなら、彼女は娘の代わりに自分が天国に行きたかったと嘆きました。
彼女は自分が先に逝くまでに、娘への愛を編み続けるつもりだったのです。
その願いは無残にもはかなく消えてしまいました。
それでも彼女は糸を手に取り、涙と共にマフラーを編み続けました。
そのうち、娘を失った喪失感が彼女を襲い、彼女から気力と体力を奪いました。
やがて、お婆さんは静かにこの世を去りました。
ほぼ同じ時期に愛するふたりを失ったお孫さんは失意の中、亡くなった
お婆さんの残された荷物を引き取りに来ました。
僕はその時、荷物と共に「これはお婆さんがあなたのお母さんのためにと
心を込めて編みかけたマフラーです、大切にして下さい。」と渡しました。
彼女は涙ながらにそのマフラーを受け取り、お婆さんの想いを胸に抱き帰りました。
そして何日か後、彼女は再び僕を訪ねてきました。
その手には、あの時持ち帰った大切なマフラーがありました。
それは編みかけではなく、完成したマフラーでした。
お婆さんの願いは届きました。
お孫さんがマフラーを手に、彼女の想いを引き継いだのでした。
お孫さんの手によって編み込まれた一つひとつの糸は、家族の絆をつなぎ
愛を伝えるものでした。
僕はその完成したマフラーを見せてくれたお孫さんに感謝しました。
すると突然、彼女はそのマフラーを僕の首に巻き付けました。
このマフラーはお婆さんと娘、そして孫の間につながる、永遠の絆です。
なんと、彼女は僕をその仲間として受け入れてくれたのです。
僕はその彼女の粋な計らいに感激して胸が熱くなりました。
僕は人情味のある人が大好きです。
人情味は、たとえ血のつながりがなくても、心がつながるんですね。
僕の心には、懐かしいみんなとの会話がよみがえってきました。
それから僕は、3人への想いを決して忘れることはありませんでした。